みっちが選ぶ心に残る短歌ベスト3

 
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会社員兼FXトレーダー。旅行が大好き! 将来は独立してFX専業トレーダーとなり、世界中を旅する夢をかなえるため日々がんばっている。 現在はブログを勉強中!!

みっち

こんにちは! みっちです。

今回は僕の中で心に残る短歌ベスト3を発表します。

 

短歌を読んでみると表面の意味だけでなく、隠された真の意味があるように思います。

それを発見したとき、短歌はひときわ味わい深くなるのではないでしょうか。

 

ここでは短歌の意味と、僕なりに解釈した真の意味をベスト3形式で紹介しています。

 

第3位 自然の流れに身をゆだねる強さを歌った短歌

 

岩もあり木もありされどさらさらと たださらさらと水は流るる

 

自然のものですべてを語った象徴的な表現と、淡々と流れるような情景がよいと思います。

岩があっても木があっても水は逃げず、また力まず自然にさらさらと流れるだけ。

そして岩をも木をも越えていく。

 

この歌は困難にたいする心の姿勢はどうあるのが正しいのか。

そんな疑問にひとつの答えを出してくれました。

 

困難に遭遇したとき苦から逃げるのか、それともあえて苦を歓迎して力むのか。

どちらも自然にそむいている感じがします。

 

あたえられた難局に逃げ腰になるのではなく、またことさら力むことなく淡々と処理していく。

まさに水がさらさらと流れて障害を越えていくかのように。

 

無心さ、自然さ、奥ゆかしい強さ、、、 この短歌からはそおいったものを感じることができます。

 

第2位 真の自分がある場所を説いた短歌

 

雲晴れてのちの光と思うなよ もとより空に有明の月

 

雲が晴れて月の光が照りだした。

しかし雲が晴れたあとで光が出現したのではない。

月の光は最初から雲の上にあったのだ。

 

問題は雲と月を何の象徴と捉えるかでしょう。

雲が迷いや煩悩、月は真我(真の自分)と解釈すると、この歌の象徴的な意味が分かってくるように思います。

 

心はいま、煩悩の雲におおわれている。

しかしその雲の奥で光は存在しているのです。

雲を取り除きさえすれば、今すぐ真我が発露する。

 

真の自分はすでに心の中にある。迷いを取り除き真の自分を発見する。

その重要性を考えさせられた短歌です。

 

第1位 危うい道にこそ生の充実があると歌った短歌

 

年を経て浮世の橋を見返れば さても危うく渡りぬるかな

 

年を経ては年をとってからという意味でしょう。

人生を生きることを橋を渡る行為にたとえています。

 

人はそれぞれ何かしらの危うさをかかえて生きています。

健康上の懸念、経済的に屈すること、人間関係の苦に悩むこと。

しかしそういう危険、テンションがあるからこそ生きることはおもしろい。

生きがいもそこにある。

 

一生懸命に生きるからこそぶつかる危うさも多いはず。

危ういからこそ人生を生きることに張りがあるのだし

晩年になって人生を振り返ったとき、奥ゆかしい感慨がわくのだと思います。

 

僕は年をとってから「さても危うく渡りぬるかな」と歌いたい。

「なんと安全に渡ってきたことか」とは歌いたくない。

そんなことを考えさせられた短歌です。

 

まとめ

ベスト3の短歌、いかがでしたか。

僕は短歌が好きです。

短歌から真の意味を想像してみる。

自分なりの解釈だとしても、真の意味を発見したとき深い感銘をおぼえます。

 

僕はこれまでにたくさんの困難に出会いました。

進むことができず立ち止まって考えることが何度もありました。

そんなとき、ふと頭の中に出てくる短歌がこのベスト3です。

 

これらの短歌を思い出したとき、不思議と何とかなるように思いました。

目の前の風景が少し違った色彩をおびるように感じました。

これからも一生忘れることはないでしょう。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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